母のこと

昨秋から冬にかけてはどうなることかと思っていた実母ですが
糖尿のコントロールと心臓カテーテルの再手術と、その間に折れた骨と、等々が解決し帰ってきていました。

そこへ今回の引っ越し騒ぎです。



だからこそ提案した生前整理でしたが、もののみごとにスルーされました。
もう、弟一家のすぐそばで始まる新しい生活への期待と不安でいっぱいいっぱいで
自分の後始末まであたまがまわっていないみたいです。


覚えなくていいことは覚えないし、忘れていいことから忘れていく、これはしょうがないですね。


いつ、母と娘の静かだけど激しい闘いは終わったんだろうなと、今日、母の後ろ姿を見ていて思いました。
うまくいかなかった母と娘の関係ですが、それでも娘なので、彼女の隠しがたい衰えは気が付くのです。
苦笑してしまいました。

ずっと、ずっと闘ってきた、強い彼女はもういない。


来週から引っ越しのための処分に実家通いを始めます。
義兄は4回目の投与に向けてまた明日入院。これを繰り返していくのだそうです。



もしも銀座で


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yahooがsonyビルに出している広告。津波の高さが記されています。


6年の時間はどんなふうに流れたのか。流れることがない時間の中にいるひとも、いるのですね。

https://news.yahoo.co.jp/feature/534

忘れることはありません。


東中野で「息の跡」という映画が上映中です。http://ikinoato.com/
陸前高田に移住してカメラをまわしている若い監督と脚本家によってとられた映画です。

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「いまは、もういない誰かへ、まだいない誰かのために」

このキャプションが心を打ちます。これから全国の小さな映画館で上映が続くのではと期待しています。
みかけたら、ぜひ。




けずる作業

義兄の状態におたおたしているあいだに、
実家の老親たちが弟一家の住むマンションの一階に空きが出たとかで
引っ越すことにしたと連絡がきました。


もう、ほんと、えー、決めるまでに何か言ってよって思うのだけど(苦笑)



長く生きるということは、それだけお金もかかるということで
手持ちが目減りして情けなくなってきたようで、今住んでいるところを売り、賃貸に移るということだそうですよ。
合わせて174歳の老夫婦に引っ越しなんて、無謀だと思うのだけど
彼らの判断、決断もわからなくはない部分があるので、「そうなんだ、わかった」と返事をし
あたふたと、「生前整理」の業者を調べているところです。


狭いところに移るわけではありませんが、せっかく決断したのだから
自らの手で、そぎ落とす作業をするいいチャンスだろうと、提案しています。

いる、いらない、捨てる、売る、誰かに譲る、いろいろな「やりたい」があるけれど
身体も思うように動かないし、二人でやっていると気がめいる、
だったら、他人の手を借りましょうよと。



きれいに逝きたいだろうというのは娘の願望で、彼らの願いではないのでは・・・
そんなことも思う学年末多忙期です(笑)


採点地獄・・・・・・・・!!!




花森安治の仕事

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どの家にもあった、この「暮しの手帖」
朝ドラの記憶も新しいという方もいらっしゃるかもしれません。

暮らしの手帖の表紙をずっと担当していらした、今で言うとイラストレーターであり、
レタリングや絵だけでない家電品の比較実験などをてがけた、名編集長である、花森安治さん。


「デザインする手、編集長の眼」という副題がついた展覧会に行ってきました。
高度経済成長をはさんだ戦後の日本の中流家庭の歴史が、そこにありました。


みんなが中流意識を持っていた時代の話。経済格差はもっと隠れていました。
今はそっちがメインになってきて、みんな真ん中なんて意識はないでしょう。
とと姉ちゃんを支えた彼は、結核による除隊後、東大卒の経歴のなせるわざなのか
大政翼賛会で仕事をしていたそうです。


こうした標語ポスターのレタリング、見覚えがあるなと思っていました。
欲しがりません勝つまではなども、たぶんそうではないでしょうか。

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戦後、いつ戦犯となってもおかしくないという気持ちで、反戦の意志を表明して、「戦争中の暮らしの記録」作成に
気持ちを傾けていらしたそうです。

この雑誌の中にある写真たちが、わたしたちが育った時代どの家にもあった、それが「時代」ですね。
みな家庭でそれを目撃して育った。今はそういった家庭の文化が変化してきている気がします。

伝えていかなければいけないと、あの当時の大人たちが思ったこと。
今の時代だからこそ、さらに、伝えていかなくてはいけないことなのかもしれません。


*** *** 

義兄の状態は一進一退。老親たちはゆっくりゆっくり、退いていきます。
長男を見送ることになる義父母が気の毒です。


退院

 義兄が退院。
二回目の抗がん剤は一回目より楽で、効果もそれなりにあったらしく、
体力を削られることも少なかったということで退院してきました。
とはいうものの、ベッドがないし、迎えるのは85歳と90歳ですので、福祉の方に相談。
介護認定を急いでもらって、ベッドの貸し出しをしました。

立派な電動ベッドが配置され、まずまずです。
認知症の症状が出ている義母ですが、長男帰宅で妙に張り切っており、
買い物に行ったりめんどうだと投げ出していたお料理もやりはじめました。やりがいというか、
誰かの役に立つ思いというのは、ほんとうに人の原動力になるものなのだと実感。

おかずお届け業はしばらくお休みです。


ま、これが長く続くわけではなく、来週には再入院して三回目の抗がん剤投与が決まり、
一週間様子をみてまた退院してくるというのを数回繰り返すのだそうです。病院が近くてほんとうに助かっています。


今日は急行で一駅、ちょっとプレゼントを買いに出ました。
美味しい紅茶を淹れてくれるカフェで、軽くランチ。

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珈琲好きですが、なぜかといえば、
紅茶ほど値段に左右されずに好みの味にたどりつけるからです。

紅茶はほんとうに美味しい茶葉は高いし、うまく淹れないとそれも無駄になる。
緑茶もそうですよね。お茶をきちんと淹れるのはむずかしいです。


ここのお紅茶はほんとに美味しい。プロに淹れてもらってゆったり飲むのが一番の贅沢かもしれません。