スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

武曲 公開初日

800x600_A.jpg

クラウドファンティングで関わったのでこういう壁紙がたんと送られてきており、、、どうしろと?笑


ですが、映画そのものはすばらしいです。
これぞ邦画。

試写会など時間を合わせて参加して、どっぷりはまっております。

C-u0o0NV0AAvEJ4.jpg

すさまじい、役者というのは、すごいもんだなぁと
この歳になって知りました。
美形じゃないんだけど、時にものすごく美しい人です。


で、クラウドにて、このチラシを100枚いただきました。

images_20170603111611a2b.jpg


シロートに、どうしろと・・・・・・・・・



映画は映画としていろいろな方に見てもらいたいし、役者の凄みも語れるものなら語り合いたいですが
クラウドファンティングという、手法についてはいろいろ経験して
あれこれ、考えねばと思いました。
お金が動くことは、やはり、、、

monologo-shopで一番気にしていたのもそこでした。
お金は、出した側の気持ちと使う側の気持ちがイコールじゃないことが多いわけで、、、
詐欺なんてもってのほかですが、そういう悪意がなくても、出した側の思い通りに使ってくれるとは限らない。

苦笑いしつつ、勉強しました、、、はい。



海に還る

reiseki_img00.jpg


家族だけですので、小さめのクルーザーで羽田沖へ。
穏やかな午前中でという話でしたが、想像以上に揺れました。
それでも、担当の方と相談して老人たちが疲れないように簡単に海に。

たくさんのお花をささげ、その周囲を船が周回してくれるので、
渦巻きのような水の流れができて、「ここだよ」と声をあげているような、そんな気持ちに。

義兄だったから、
少しばかり関係性が遠い人だから、
なのかもしれませんけれど


そのとき、そのときの、気持ちと
すぐにいくからねと声をかける両親の思いと、
かたちには残らないけれど、わたしたちの胸に大きく残る、お別れの仕方だったのかなと
家人と話しています。


海に還る、痛かったり苦しかったりした3か月。
不安もいっぱいだったろう、名残もたくさんあっただろう、
そうは思うけれど現世から解放された魂は、自由になったんじゃないかと
義父が言っていました。

そんなふうに息子を送った両親に、敬意しかありません。
ちゃんと、あなたたちをわたしたちが見送るからと約束しました。



でも、正直、酔いました・・・



雨のため延期

thumb5.jpg


予定していた散骨ですが、雨と波の高さが予想されるとのことで
夕べのうちに延期の連絡がはいりました。


寂しい癖に、早くカタをつけてしまいたい気持ちもある義父は
ちょっとご機嫌斜めに(笑)


もうちょっといっしょにいたかったのよ、きっと。
すてきな居場所ができたところだし、、、と言うと


やっと、

そう、だな・・・と笑ってくれました。


別れ方はむずかしいなぁ・・・


小さい居場所

連休前半は実家引越の後始末に行き、あれこれ動き回ってきました。

帰ってきて今日は、仏具屋さんへ。


あと1週間で散骨。パウダー状に処理するため分骨して、
とっても小さくなってしまった義兄に、ちゃんといるべき場所を作ろうと言うことになり

小さめの仏壇を購入することになったのです。

といっても、
仏壇らしく見えないのがいいということで、家人と二人で閉店セール中の仏具屋さんへ。


びっくりするほど立派なものもありましたが、小さめの素敵なものを発見。
ただ、老夫婦が正座して相対するのに、適当な高さになる台は、仏具としてはなくて

今度は家具屋さんへ。
事情を話して、買ったばかりの仏壇を運び込んで、サイズと色が合いそうなものを物色。


こころよく、協力してくださったお店には感謝です。



写真と、骨壺にした棗と、お花。
そして、葬儀屋さんが提供してくれた(というか、お値段に入っていた)大きめの仏具のかわりに
お茶道具から、適当なものを探し出して
お線香を立てたり、ろうそく立てにしたり、工夫をこらした
居場所ができました。

おりんだけが大きくて、みなで大笑い。さっそく先ほど2寸というのを注文したところです。


35日、49日、そういう区切りの時というのは、絶妙で
食べれない気力がないと言っていた義母が、だいぶしっかりしてきて
先日はタケノコを茹でて煮たりしていました。

義父が一方的に支える側にいましたが、ようやく義母も義父を支えなければと思えるようになってきたようです。


二組の老夫婦のありようはわたしたちにとっても
わたし個人にとっても、いろいろ考えさせられることばかりです。


処分

義兄の入院・闘病にともなって明らかになった義母の認知症は
要介護認定を受けたので、週に一度看護士さんが訪問してくれて
会話をしたり血圧測ったり、血糖値をみたり、してくれているそうです。


で、いっしょに暮らす90歳を超えている義父の様子はみてくれない(笑)
血圧測るくらいどうってことないだろうに、様子を聞くコトすらないそうで、、、徹底してますね、行政。

義父は妻を支えなければという使命感が元気の元になっているようで、
うまくできているものです。





さて、引越し騒動もようやく終わりが見えてきました。
ものが納まり、生活が始まりつつあります。

そうは言っても、足元も悪い老人が二人、新しい場所で生活を始めるのです。
想像以上に負荷がかかっています。
普通、この年齢の引っ越しは、だれかとの同居とか、施設への入居です。
ここからまた二人だけでの生活が始まるなんて、ありえないくらいの大変さでした。
弟一家が住むマンションではあるので、今までよりはいいのだろうと思うしかありません。


娘ですから処分するのは簡単です。
だけど、手をつけてはいけない、彼らのプライドを守ることも同時に必要で、
そのさじ加減がほんとうに、難しくて、ヘロヘロです。
失敗もしているかもしれない。人生の終わりに、あまり嫌な思いはさせたくはなかったけれど
仕方ないという面も多々ありました。

わたし一人でどうこうできるものではなく、
家族はもちろん、あちこちにひずみをもたらしながら、なんとかかんとか、、、です。

ひとさまに迷惑をかけながら、思いのあるものを処分して、、残された時間を生きる。
一方で生きていたかったはずの義兄の社会的背景はどんどん処分されていきます。

義兄に先立たれた義父が「長く生き過ぎた」とポツリとこぼしていたのが忘れられません。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。