酉年を迎える準備



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ひとめぼれして、お迎えしました。目は点なのに目つきの悪いシスターズ。ふふ。




大きな変化のあった一年が終わっていきます。

酉年が、どんな一年になるのか。義兄のことがあるので、厳しい一年になるだろうことは想像にたやすいですが、それでも。
それでも、なにかをもたらして、次がやってくる。


そう、思います。


なにかが終わって、なにかが始まる。その営みはずっと続く。
その続いていくことの中に、わたしも、いる。そんなふうに思っています。


良いお年をお迎えください。

今度は 肉離れ


今日、出かけようとして電車に乗っていたら、雨模様なのにというか、だからなのかな、虹が見えました。なんだか得した気分でわたしの気分は上昇し、出先でも気持ちがかげることはなかったのですがね。

さきほど、予定よりだいぶ遅く家人が帰ってきました。なーんと、今度は彼が肉離れ。

ことばが出ないというか。思わず呪われてるんじゃないかと愚息にメールして気をつけなさいよと言ってしまいました(笑)



部活で走り回って、いい歳して生徒といっしょになにかしようとするから、なのですが。全治2週間。極力歩かないでと言われたらしい。義兄の見舞いや義母の様子見、おかずのお届け、やるべきことはたくさんあるのに。


どうしようもなく次男坊ですね。

がんばります。

五段階の二

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義母はお茶の先生をしていた人です。認知症の症状が出ていることに家人が気が付いて検査を受け、義兄の入院もあって送り迎えができないのでそれまでやっていた社会人向けのお稽古を引退させることにしました。

昨日、検査結果を元にとった脳のMRIなどによる認知症の度合いについて医師から説明があり、「五段階の二」というレベルであること、今気が付いてほんとうに良かったということがわかりました。投薬によって良くはならないけど進度を遅らせることはできるのだそうです。囲碁がいいのですって。対戦相手があって空間把握が常に刺激されるからだそうです。おしゃべりも大事。だからお茶のお稽古はできるだけ続けるようにとのことでした。

夫婦で家にいても、老夫婦はおしゃべりもしないし、笑い合うこともないのだそうです。そう言われてみると、すでにうちだって夫婦二人になったらあまりしゃべっていないかもしれません。


家でやっているお稽古の方は、家人の友人が来ていることもあって彼女に話をして様子を見ながら続けることにしました。絵を描くのもいいそうです。テニスも。テニスって高齢になってもできる数少ないスポーツの一つなのだそうです。とはいっても今さらテニスというわけにもいかないです、85歳オーバーですからねー。クロスワードのようなものもいいのですって。そういえば、うちの母は漢字パズルのようなクロスワードと漢字の組み合わさったようなものをよくやっています。あれは脳にいい刺激をもたらすものだったのだわねー。

これから、そういう時期を迎えていくわたしたちは、意識的に取り組んでいくべきなのかもと家人と話したりしました。ネットでも認知症テストがあるんだそうで、二人でさっそく取り組みました。さすがにまだ大丈夫でした(笑)

おかずのお届けについては義父から「量がたっぷりありすぎるので持ってくる間をあけてくれ」と言われてしまい(笑)張り切り過ぎだったかと苦笑しているところ。老人二人の食べる量なんてちょっとなのかもしれません。明日はお弁当にしてみましょう。


実家に通うのも婚家に通うのも、違う精神力がいること。これからまたいろいろ起きそう。がんばりすぎないようにがんばりましょう。


義兄の入院

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東京都公園協会HPより


monologoの最後の記事に少しだけ書いたのですが、義兄が倒れました。ろれつが回らないということで近所の医者に行き、すぐに紹介状をもらって大きな病院へ。そのまま入院。ろれつの回らなさも、入院前10日くらいには家人が会っているので急に進んだ症状です。老親たちは耳も遠くなっていて気が付くのが遅れたらしい。
治療が始まりましたが、手術はできる段階ではなく、うまく薬が効かなければ余命3か月~半年とのこと。参りました。
大きな事故に遭ったあと、職につくこともなく老親たちの世話を一手に引き受けてくれていた義兄。長男がそばで世話をやいてくれるのが、自立しなかったことを引き算しても嬉しかった彼らの晩年が、一気に不幸にいろどられていまいました。

次男坊である家人が足しげくかよってわかったことですが、義母に認知症の症状も出始めていてとくに長男の不幸を受け入れたくないのか、事実認識がかなりあやふやです。そちらのMRIやCT、お茶のお稽古の休止など学期末の多忙さにあわせてちょっとすったもんだしておりました。

でも、わたしにできることは、老親たちの食事の補助くらいなものだということも現実で。おかずを作って学校帰りに届けたり、買い物を代わってしたり、義兄がやっていたことのうち、直接的に彼らの健康に関わる部分のみです。今日も「飲み忘れてしまう薬」をお薬箱にセットするお手伝いをしてきました。

義兄の状態によっては、生活の比重をさらに変えなければならなくなるかもしれません。
うちの老親たちは、弟一家がメインの介護者ですので、こちらになにかあれば親たちも我慢もする、それが「嫁に行った娘」との距離感なんでしょう。なので、とぼけた能天気な嫁をしてきましたが、ちょいとここらで献身的なお嫁さんをやるべき時が来たのかもしれません(笑)

まだ、始まったばかりです。
お見舞いに行って、こんなライトアップがされていることに気付きました。家人の実家の近所ですのに方向が違うせいか初めて知りました。区の職員の皆さんごめんなさいという気分です・・・

新しいスマホ

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しばらくガラホというのを使っていた。が、めったに出ない外で地図が確認できない不便さに参ってしまった。めったに出ないからこそ迷うのだから。というわけで、AQUOS U というのが新しい相棒である。時代の流れに沿ってちゃんとスマホ使いをしてた時期もあったので、便利なものはちゃんと指がおぼえていた。そういえば、ガラホの画面を指でなぞって「ちがうちがう」と思ったことがなんどもあったっけ。

相棒の待ち受けは今一番のお気に入り、綾野剛演じるコンドルのジョー。
電源はいるとにまつく仕様となっている。

心機一転いろいろと前に進むための、ひとつのアイテムでもある。コメ欄開けたのもスマホ復活したから。ふふ、どうぞよろしく。

心機一転

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2010年2月から同じ場所で生活やその時々の自分を綴ってきた。もともとミーハー気質で、06W杯でイタリア代表にはまり、サッカーファンブログを06年から続けていたのだけれど、わたしの不徳の致すところでやめることにして、monologoを書き始めた。
ハンドメイド流浪をしたあげくクロスステッチが性に合って、仲間もでき、震災をきっかけにネットショップも立ち上げてわたしなりの支援を続けてきたが、生活の変化に伴うハンドメイドへの情熱を失ったことにより、支援活動も停止、ブログも閉めることにしていた。引き止めてくださる声もあり、なんとなくぐずぐずと置いてあった場所だが、年末を前に気持ちの整理をする意味でもきちんと閉じることとした。

どこかで、介護を片手でやっていることや、支援を放り出したという罪悪感があって普通の日記も続けられず、うじうじとしていたのだけれど、年末でもあることだし、そろそろ次のステージに進もうと思う。

お世話になったみなさん、ありがとう。ここも新たに書き始めます。
前のようにすぐお返事できないかもですが、コメ欄も開けました。またよろしくねー♪